交流戦   日本ハム3―1ヤクルト ( 2025年6月10日    エスコンF )

<日・ヤ>記念ボードを手にポーズする投打のヒーロー(左から)玉井、達、伏見(撮影・高橋 茂夫)
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 申し子が節目の白星を飾った。日本ハムは10日のヤクルト戦で北海道移転後通算1500勝に到達。初年度の04年3月27日の開幕戦の日に生まれた達孝太投手(21)が7回3安打無失点の快投で3勝目を挙げて大きく貢献した。新庄剛志監督(53)も同じ04年にメジャーから日本球界に復帰して日本ハムに加入。あの日から21年と76日、運命的な巡り合わせで記念日を迎えた。

 この世に生を受けた時から、運命は結ばれていたのかもしれない。04年に球団が北海道移転して22年目。節目の1500勝目を飾ったのは、「北海道日本ハムファイターズ」の球団史とともに人生が始まった“申し子”である21年ドラフト1位・達だった。

 「ファイターズが北海道に移転して初めての試合が僕の誕生日で、その節目に勝てて本当に良かった」

 球団が北海道移転して最初に公式戦を迎えた04年3月27日、達は母の故郷・滋賀で生まれ、大阪で育った。日本ハムは大阪ドーム(当時)で近鉄と開幕戦を戦った。巡り合わせたようにマウンドに立ち、「勝てる気しかしなかったですね」と背中を押されるように快投を演じた。

 初回を3者凡退と上々のスタート。150キロ超の直球に1メートル94から繰り出す落差あるフォークを織り交ぜ、6回までわずか2安打と寄せ付けなかった。7回113球を投げ、3安打無失点6奪三振で無傷の3勝目。北海道移転初年度の04年に日本ハムで日本球界に復帰した新庄監督も「リズムがいい」と21歳を絶賛した。

 新庄監督にとっても特別な日だった。昨年6月10日は小村勝球団社長(59)がくも膜下出血で倒れた日。死地をさまよいながらも一命を取り留め、懸命なリハビリを経て現場に復活した。何度も病室へ足を運んだ指揮官は「あれから1年たって。今日はどうしても勝たないといけない日だったので、勝てて良かったです」と感慨を込めた。

 若き右腕の奮闘もあり、大事な6連戦の初戦を制した。先月4日の西武戦から続く連続無失点を24回2/3に伸ばした達は言う。「次は完封したい」。チームと“同い年”の達は大きく成長している。(清藤 駿太)

 ▽日本ハムの2004年開幕戦 新庄が日本球界に4年ぶりに復帰して新加入し、登録名「SHINJO」。「2番・中堅」で新天地デビューした。初回無死二塁の初打席ではノーサインで投前犠打を決めて先制点を演出。3回は中前打、8回は右前打を放って3打数2安打だった。試合は2―6で敗れた。

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