サブロクそうすけのモノマネで知名度が高まった元日本ハムのイースラー。一緒にプレーした広瀬哲朗氏が、年齢にまつわるエピソードを語った。

元日本ハムファイターズの広瀬哲朗氏が『広瀬哲朗1年1組てっちゃん先生』に出演。日本ハム時代の同僚であるマイク・イースラー氏について語った。
【動画】イースラーの思い出を語る
■イースラー氏を語る
イースラー氏の思い出を質問された広瀬氏は、よく覚えていないようで「高田繁監督のときに来たと思うんだよな」とポツリ。
代名詞となっていた超アッパースイングに触れ、「アレでよく(高めのボールが)当たったなって。そんなに活躍してなかったはずだぞ」と振り返る。
さらに福岡ダイエーホークスとの試合で九州を訪れた際に発生した、イースラー氏の豪快なエピソードを語った。
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■年齢をごまかしていた?
話すうちに記憶が蘇ったのか、広瀬氏は「イースラーは、年齢をごまかしていたっていう。俺、記憶にあるなあ。31、2には見えないだろって、近藤貞雄監督と話していたんだよ」と笑う。
イースラー氏のゴルフスイングともいわれた独特なスイング軌道を解説したのち、「川崎球場で俺、いつも近藤さんの隣りにいたから。(近藤氏が)『広瀬、アレは無理だろう』と。これ(超アッパースイング)で、当たらんだろって」と回想。
続けて「近藤さんは無理だと言って、2軍に行かせたんだよ。それで89年は途中で帰ったんだ。じっちゃん(近藤監督)が『広瀬、40過ぎているだろ』と言っていた」と明かし、「元気でいれば74、5か。会いたいよなあ」とゲスト出演を希望していた。
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■サブロクそうすけのモノマネガ話題に
イースラー氏は1988年シーズン途中にニューヨーク・ヤンキースからファイターズに入団。1年目は98試合の出場で打率3割4厘、19ホームランとまずまずの成績を残した。
2年目は監督が高田氏から近藤氏に代わったこともあり、シーズン途中で2軍に降格。そのままアメリカに無断帰国している。
お笑い芸人のサブロクそうすけがモノマネをしたことなどからネタ枠に入れられがちだが、MLBでは14年間で、打率.293、1078安打、118本塁打の実力者。また現役引退後は指導者として評価され、ボストン・レッドソックスやロサンゼルス・ドジャースなど、複数球団で打撃コーチを務めた。

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