【vol.3】大豊作のドラフト同期は野茂・元木・潮崎・与田・古田・佐々木主浩・前田智徳

優勝NTT東京です。よ田さんが150 ぐらい出てましたね。の塩崎与田さん僕っていうカープも当時は飲に行く予定だったらしいです。 初登板初関東初勝利だっ [音楽] 僕は桑原世代で桑 原と同じですか?同じんです。であれをの 2人を講支園で見てるんで うん。 全くレベル違うし、 一緒のとこで入ってプロで戦えるわけないなという自分のうん。うん。 え、気持ちもあったんで うん。 今は無理だと思ってやるんなら社会人だなと。 うん。で、NTT の監督マネージャーも家まで来られて うん。 え、今というか、ま、話しながら決めて欲しいと うん。即血しろとか。 ああ。はい。 プロ行くのかとか、ま、うちに来てくれていうで、うちに来るのもう 約束してくれとかで うん。うん。え、ま、そん時は母親と うん。 ま、おじさん家族と3 人ぐらいたんでちょっと別行って うん。 どうするんやという話からうん。 じゃ、今もうプロ無理だからじゃあNHD 決めるというのを即結しました。 即結したんだ。う、自分で決断したんだ。 決断しましたね、そこで。ああ。 結構意思が強いんですね。その頃からあの冷静に分析もしてるし自分のことを。 はい。ま、自分だ。うん。ま、普通であればね、プロ夢だったんでもう うん。 気持ちはファしながら行きます言ったら、ま、 5位か6時にかかってたんで。 うん。うん。うん。うん。 だけどまだ無理。自分の力は無理だなっていうことでうん。 社会人行くとでもドラフトの前にやっぱりあ、全スカウトにはもう絶対行きません。 行きません。はい。 断った中でうん。ま、その中でも 当日というのはふわふわしてましたね。授業中に ドラフト会議があったんでうん。 なるほど。 で、放送で、え、ま、3 年何組の岡君事務所に来てくださいっていうコーナーあのアナウンサー流れるんで うん。うん。えと思ってうん。 かかったのかなというぐらい ドキッとする時もあったんですけどうん。 いや、今かかってない。今ちょっとまだ見とけと うん。て言われたのを思い出しますね。 うん。 その時でもあのプロのスカウトの方はもうご断り入れてるから使命はなかったってことですか? ないと思うんですけど、もしかしたらか あのかけるとこもある 当時はあの死あの死亡届けとかの時代ないですもんね。 ないんですよ。はい。 でも僕は高校からプロ入っても大変だったんですけども社会人でもやっぱレベルが相当高いじゃないですか。 はい。なんか1 年目から出たんすか社会人では。NDT 中国では何試合か投げたぐらいでうん。 で、やっぱりまだ体ができてなかったというとこで、 ちょっとそこで故障とかも 色々発生してうん。うん。 そこ力でもなく3 年目に都市出たんですよ。3年目。NTT とかいうあの企業だったら大卒の人が多いんでしょ、 社会人。 そうですね。卒の高卒は僕ともう1人2 人だけです。もう相当年の上のもうおじさんみたい。 23ぐらいの人ばっかりでしょ。 はい。で、18歳の時に 人回りの上の人がいて30歳です。30 歳いますよね、社会人。 もう本当におっちゃんと野球やってるなって感じなんですけど、ま、プロ入ったら 30 歳でまだ若いんですけど、社会人の僕の 18歳の時の30 歳って言ったら本当におっちゃんと一緒に 全違いますよね。 はい。一緒にやるぐらいの、ま、怖い先輩もましたし うん。うん。うん。 本当にあのNTT で、ま、すごく鍛えられたというか、本当に、ま、野球人である前に社会人であるというぐらいのうん。うん。うん。 厳さを知た監督でもあったんで うん。 ま、それはそれ僕本当プラスになりましたし うん。 で、なかなかもう練習もすごかったですね。 ああ、社会人はね。 はい。だから当時は午前中仕事して昼からもう練習行けるんですよ。 うん。 で、昼からずっと、ま、夜までとかやって、ま、帰って 10 時頃帰って選択とかなんかいろんなことしながらうん。 次の朝6 時し勝とかでこっこの今のリーガが立ってる とこがあの職場だったんですね。あそこありましたね。うん。 だからそういう生活がずっと続いて うん。 ま、冬のトレーニングとか言ったらスクワット回すよ。 スクワット回。はい。うん。 なかなかですね。いや、でも社会人の練習は厳しいっていうのは噂には聞いてたけど 厳しかったんですね。はい。だから3 年目にちょっとあの年故障して うん。 殴れない時期があって、で、高卒3 年目でプロ入れるんですけど うん。 うん。うちの監督はお前はまだあのこの会社に貢献してないから 出さないと。うん。 ま、ここで本当にまた指名拒否というか、ま、ま、そこまでかかる予定もなかったんで [音楽] で、4 年目にはもう本当にプロ行きたいなという気持ちがすごくあったんで、もう肩が痛いだろうが何だろうが関係なく うん。うん。 駐車打ってまで投げたりとかして、 もう痛いと言わずにもうこのこの4 年目で絶対プロ行かないというぐらい気持ちでやりましたね。 [音楽] もう社会人に入った時はもうやっぱり明確にプロっていうのはもうあったんですね。じゃあね、 ま、プロもありましたしもっていうのは 万が一、え、行けなくても このNTT 残れるなっていう、そういう甘い気持ちがありました。 [音楽] 都対はいつ出たんすか?何年目に出た?1 年目から出たんすか?だから、えっと、4 年目が4年目 もうバリバリ僕が、え、ジャパン選ばれたりなんかしてバリバリの時で [音楽] もう行けるもんだと思って うん。トントンと決勝まで行って うん。 で、決勝は違う人が投げたんですけど、それで負けたんですよ。 負けてはい。で、第2代表でこの僕が第2 代表はい。 [音楽] で、時に投げたんですけど3対1 かなんか金さ負けたと思うんですよね。 負けた。はい。 で、負けてうわっと思ったんですけど、あ、多分補強あるなと思いながら あ、2 チームしか出れないんですか?中。ああ、そうか。じゃあ LINE代表も逃したんで。 ああ、今度補強だ。じゃあ、 ま、補強があるだろうなと思った。当然、ま、第一代表の、 え、三菱から補強をしてもらって うん。 え、と行ってで、いきなり優勝NTT 東京だった。NTT東京。はい。うん。 と三菱。うん。ま、僕NTT なんですけど、ま、広島市のユニホームですね。 はい。三菱のユニフォームで、ま、本社とやると。 なるほど。 ま、その間が与田さんだったんですよ。 あ、中日の。あ、はあ、はい。はい。その前に、え、夏の大会前、あの、都市対前にジャパンに一緒に選ばれてたんですよ。 うん。うん。うん。うん。 で、またよさんの玉もすぐまよさんが 150ぐらい出てましたね。当時 ヨ田さんは早かった。 はい。確かに早かったです。うん。 で、それ対決してうん。2 日で僕は勝ったんですよ。 勝った。はい。ああ、 ツラン。あ、与田さんがラン 歌えた。僕はソロ歌。その、日本で21で うん。勝った。 はい。あの都市太大鼓の金属バットで 東京ドームでてなかなか投資にならないですけど。 うん。ならないですね。あ、当時金属だ。 金属です。ああ、 その通ラ売ったのも僕の先輩で うん。NTTの先輩なんですよ。 補強で言ってた。じゃ、NTTの2 人が活躍してNTTの本社をやっけた。 ま、でも年太は都市ですもんね。 広島、 広島&代表会社じゃないですもんね。だって NTT だって東京、東京、東京大表ですからね。会社じゃないですもんね。あくまで。ま、で もとは言ったところ。 あの広島帰ったらあの席がないぞとか 机がないぞて言われた。 まあでも冗談でしょうけど、ま、言いたくもなりますよね。多分ね。 そうですね。ま、 あの当時ってNTTって13 チームぐらいたんですよ。 そんなにあったんだ。今も2 つぐらいですね。2 人と以外しかないですもんね。 で、大体毎年10チーム前後が出て としたいんですね。この当時は。あ、10 チームも出てた。出てましたね。 で、その年にもうやっぱプロに入るドラフトにかかるわけですよ。 それやっぱり、ま、ずっとジャパン人も入れましたし、その都市対抗でそのやっぱりピッチングが評価されて [音楽] うん。 で、一気に、ま、どれ、え、ドラフト1 位候補にね。はい。で、ま、当時の野茂、 あ、野茂の年か。 塩崎。野塩崎 与田さん僕という、ま、一応4、 みんな社会人のやっぱすごい人。みんな社会人ですね。 そう。 あ、でも社会人社会人のオルジャ番って言ったらみんなドラフトですよ、多分。 だから大体ジャ番ですもんね。 そうですね。ま、4人があ、 ドライ候補になってうん。 でもみんな本当にドラ1じゃない? そうです。で、野が89 台行ったんですよ。あ、89だ。はい。 おお。で、田さんが中日単独 で塩崎が西武単独 で僕がカープ単独に カーブ単独 まだ後は全部のだ。他のチームは89 が行ってきましたね。へえ。 カープも当時は飲に行く予定だったらしいす。 ほお。 はい。行って外れたら佐々岡を取ろうと はれ1位でうん。 で、ま、僕も逆目制度はなかったんですけどそのドラフト前に うん。 ま、広島以外から出たくないかったで。え、ま、母親が近いというとこでカープ、もうカープも好きでしたし。 うん。うん。うん。 え、カープ以外なら会社残りますと。 うん。いう宣言をして一応、 ええ、一応 はい。しない。あの、逆名制度ないんですけど、そういうの言って うん。ま、そういう人ますよね。何人かね。そ、 他かかった言ってましたけどね。 でも、ま、できれば広島がいいですもんね。 あ、広島に それ言うのは自由やから言ってもいいですよね。そ日になんかいろんな情報戦があるじゃないですか。 ありますね。ありますですかとか。 で、他の球団が佐岡行くとかいうなんか情報あの、入ったということで うん。当日に多分僕単独で 広島がいってる場合じゃないとじゃないですかね。多分それ後来ましたね。はい。 あ、 それ自分が流してたんじゃないですか?情報他のチーム 自分流してないです。 どんなチームだったんですか?当時誰が監督ですか?広島は 山本浩司さんす。ああ、浩司さん最初の 浩司さんの2 年最初の1回目1回目の2 年目。ああ、2年目でうん。 え、ま、東首王国 ま、北プさんがいて、北ペさん、 大野さんがいて、川口さんが 長さん、長、加石さん、加さん、 川端さん、川端さん、津田さん、津田さん はい。あ、白さん、ちょ、僕と入れ替出てますね。 ああ、結構ですね。いや、本当ピッチ、あの、広島は東王国だったですもん。 ピッチャー強くてはこう足が早くて動力でみたいな 強もうでも強い時代ですよね。 強い時そうですね。 だからピッチャーのそのわ、そういう当初の中にそれなかなか一軍上がれないじゃないのっていうぐらいの枠だったし うん練習がむちゃ厳しいよと うん というのをま報道人からあの方から聞いてまでも僕カープ好きなんで うんうん えていうとこでま本当にキャンプ行った時ですね うん ちょっと自信をなくしたというか うん まブルペン入る時もそのベテランあのそのクラスの人と は別なクラスであのピッチングするわけじゃないですか。ま、 1.5 分ぐらいの、ま、僕らの同世代とか、 ま、北藤さんもいたりとかはい。 え、本当に1 軍に上がれない、上がったり、あ、2 軍に行ったりするピッチャーと一緒にピッチングした時に うん。この弾を投げてて うん。 あ、一軍に上がれないのっていうピッチャーがグロぐロったわけですよ。 ああ、いますよね。それで、え、これで1 軍上が上がれないんだていうぐらい本当にちょっとショック受けたというか うん。このキャンプでですね。うん。 ちょっとやばいなっていうのが最初のキャンプでしたね。 うん。でも社会人でオールジャパンに選ばれてドラフト 1 位で入ってもう急速もっと上がってるでしょ。 140kmだからはい。140 後半ですね。ま、 それでもそう思ったんです。 はい。思いましたね。 みんなそのぐらいのボール投げるし、あの、変化球の切れもいいですし うん。で、なぜというのがまず最初が 最初があああ、これちょっと 自信をなくしたというかやっていけないかもしれないっていう気持ちになりましたね。 [音楽] え、そんなことないでしょ。 で、オープン戦はでも、ま、成績を残して開幕から一軍でしょ? そうですね。オープン戦である程度 で6番目として6番目のはい。5番目か6 番目のローテーション入ったというか、だから 5試合目か6 試合目投げたと思うんですけど。うん。 うん。最初の1試目が太陽戦。 太陽戦。うん。で、ま、10 点取ってもらったんで多分うん。うん。 そのまま水イスとカ東はしましたけど 初登板、初登板、初、初勝利だったでしょね。 そうですね。はい。 うん。なかなかないですよね。全部揃うっていう。 ま、監督がなかなかできないですもんね。普通に考えて。 はい。だから、ま、10 点取ってもらったんで、その、ま、あの、ま、 130とか投げてますけどうん。 関したというのが うん。でもやっぱりそれって1 勝目ってすごいやっぱ自信になるもんなんですか? いや、やっぱりそうですね。あの、ま、プロスタート切れたのにその白星からっていうのはやっぱり大きかったですね。精神的。 [音楽] 最高のスタートですもんね。 そう、最高でしたね。 関東勝利ってなかなかだって 関東勝利するのってなかなかですよ。なかなかみんなかかるですよ、時間が。 それがしょっぱなくるわけだから。 そうですよね。うん。 で、今ならね、今ならそういう監督はあんまりないと思いますけどね。 ないですね。はい。でもその1年目に13 章はい。あげるじゃないですか。1年目 13章ですよ。はい。途中からうん。 リリもあったんですよ。 [音楽]

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今回のゲストは、先発から抑えまで、あらゆるポジションで投手王国広島カープの屋台骨を支えた佐々岡真司さん。
コロナ禍のチームを護りぬいた一軍監督としての苦労まで、広島カープとともに歩んでこられた野球人生をたっぷりと伺いました。

◆佐々岡真司さんプロフィール
選手歴
島根県立浜田商業高等学校
NTT中国
広島東洋カープ 1990 – 2007

監督・コーチ歴
広島東洋カープ 2015 – 2022

◆目次
00:00 オープニング
00:13 NTT中国へ入社
01:33 与田剛との対決
04:25 ドラフト1位で広島へ
07:22 1年目から一軍で大活躍

◆投命を刻む右腕★佐々岡真司
【vol.1】広島カープを守り抜いたコロナ禍の一軍監督 佐々岡真司

【vol.2】大社高校 vs 浜田商業 甲子園出場をかけた最後の闘い

【vol.3】大豊作のドラフト同期は野茂・元木・潮崎・与田・古田・佐々木主浩・前田智徳

【vol.4】1年目13勝17Sで与田剛と熾烈な新人賞争い〜2年目17勝投球回数240の異常性

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