
前田智徳氏
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BS10の野球トークバラエティー「ダグアウト!!!」(月曜後10・00)が24日に放送され、前広島監督の佐々岡真司氏(57)と元広島の前田智徳氏(53)がゲスト出演。“孤高の天才”と呼ばれた前田氏がケガとの戦いだった現役時代を振り返り、ケガをしていなければ…という条件付きでフリーエージェント(FA)宣言について語った。
1989年ドラフト同期(佐々岡氏が1位、前田氏が4位)の2人。質問に○か×かで5秒以内に回答するコーナーで「現役時代にタイムスリップしたら今度はFAする」に前田氏は○、佐々岡氏は×の札を挙げたが、前田氏は「はい、○です。もちろん、条件付きですよ。やっぱり健康だったら…というところです。ケガがね、なくて。健康だったら…どうだったかなっていう」と口にした。
NPB歴代32位の通算2119安打をマーク。通算295本塁打は坂本勇人(巨人)と並んでNPB歴代48位タイ、通算1112打点はNPB歴代34位と球史に残る数字を残している。
だが、プロ6年目の1995年だった。5月23日に行われたヤクルト戦(神宮)の第1打席で石井一久から二ゴロに打ち取られ、走塁時にそれまでも痛みがあった右アキレス腱を断裂した。そこからケガとの戦い。苦難を乗り越えて安打を量産した野球人生だった。
では、アキレス腱を断裂していなかったとしたら。FA宣言してどこの球団に?「どこの球団にって…。FAしてどこか獲ってくれるか分からないんで」と誤魔化そうとした前田氏。じゃあ、全球団からオファーが届いたらどこの球団に?これにも「えっ?考えるだけです」とした。
いやいや、そこから最終的には選ばないといけない。「そうですねぇ…。どうしましょう」。結局、答えは出なかった。
それでは、そもそも高校生でドラフトにかかった時はどの球団に行きたかったのか。「それは!…危ないなぁ」と前田氏。ついには逃げ切れず「でも本当はダイエーホークスだったです、その当時は」とダイエー(現ソフトバンク)希望だったことを明かした。
ダイエーの本拠・福岡県と同じ九州の熊本県出身。そして、南海からダイエーになって1年目の1989年ドラフト候補生だった。「九州で近いし、新しく(大阪から)福岡に来るっていうことで。ダイエーさんからもいいスカウティングの評価をいただいてたんで、もう僕はその気になっていた」のも当然だった。
結果的にはカープひと筋に2013年までプレーして現役を引退した。
番組MCを務めるお笑いコンビ「チュートリアル」の徳井義実(49)は熱烈なカープファンだけに当初は○の札に衝撃を受けていたが、この理由には納得だったようで「ダイエーの前田さんはなんか似合う気がする」としつつも「イメージ的になんか巨人とか言われたらちょっとなぁ…って俺は思ったんですけど」とポツリ。
これには「いやでも、父親は巨人ファンだったですよ。父親は巨人ファンで。王さんと同世代なんで」と話す前田氏だった。
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