2025年2月19日11時0分
寺前湧真(2024年11月13日撮影)
<ニッカンスポーツ・コム/プロ野球番記者コラム>
ブルペン捕手。ブルペンで投球を受け、時には感触などを投手やコーチらに伝える。投手陣を支える、チームにとって欠かせない存在だ。阪神では、そんな重要な役割に寺前湧真ブルペン捕手(23)が、今年新たに加わった。NPBの選手経験者の昨年から所属していた面々とは違う経歴の持ち主。昨年までは日本海L・石川に所属し、NPBの選手としての経験はなく、猛虎軍団の一員となった。
昨年11月に高知・安芸で行われた秋季キャンプにはアルバイトのブルペン捕手として参加。その後、正式に阪神との契約が決まった。「きっかけはあったんですかね。周りの評価なんでわからないですけど。この容姿じゃないですかね」と持ち前の明るさを発揮し、笑顔で冗談交じりに語った。
NPB入りを目指して鍛錬を積む選手が多いが、寺前ブルペン捕手は「長くても2年と決めた中で、やりきって終わろうという考えでした」と明かした。日本海L・石川に所属する前に野球をしていた金沢星稜大時代には、経済学部に所属。卒業単位に計算されない授業を受け、教員免許を取得した。2年間を独立リーグの選手として過ごした後は「教員になる」と考えていた中で、1年目に阪神からオファーがあった。「選手としては無理でしたけど、せっかくこういった形でNPBの世界に入れるなら」と新たな世界に飛び込む決意を固めた。
もちろんNPB入りを目指して練習に励んでいた時期もあった。それは高校2年の頃までだった。「高校3年生ぐらいに、今ジャイアンツで星稜高校の山瀬慎之助に出会って、『あ、自分は無理なんだな』と」。19年夏の甲子園でヤクルト奥川らとともに準優勝し、高卒でNPB入りした同学年捕手の存在で考えを変えた。
野球をやりきるという気持ちがあり、野球で大学に進学し、その後も野球を続けた。大学1年時には新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、6月の練習再開まで、入学から約2カ月、練習ができない期間もあった。高校まで大阪で生まれ育ち、石川に出て初めての地域で、野球もできない。「ホームシックじゃないですけど、すごくしんどかったですね」と振り返った。その中で支えになったのは、家族と友人の存在。「しゃべる相手は友達や親だった。『1回帰ってきたらええやんけ』って。助けられました」と感謝する。
選手としてではなかったが、野球を続けていたからこそ、NPB入りをかなえることができた。家族や友人にも報告。「お前が今まで頑張ってきたことやから」と支えてくれ人たちを喜ばせることもできた。「ただ受けるだけなら他の人でもできる。どういったブルペンキャッチャーになりたいのかという自分の像を描かないとダメ」。選手たちとともに、「自分の色」を出してチームに貢献するための鍛錬をキャンプで積む。【阪神担当=塚本光】
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