◆スポーツ報知・記者コラム「両国発」
6月で35歳になる。同学年の現役選手も減り、指導者の道を歩む人も増えてきた。巨人・立岡宗一郎3軍外野守備兼走塁コーチ(34)は昨年限りで16年の現役生活を終えた。
「一番は中途半端な気持ちじゃできないな、という思い。選手たちの人生がかかっているし、それを自分も体感してきたから」
昨年10月のドラフト直後、指導者転身のオファーがあった。迷いもあり、すぐに先輩たちに相談したという。「(坂本)勇人さんには『受けるってことは、もうグラウンドに立てないってことだよ』と。改めて、二度とプレーできなくなるんだなと思った」。第一線を離れるさみしさはあったが、球団からの「全ての経験を選手に伝えてほしい。そういう人材がほしい」という評価がうれしかった。
苦しみも喜びも味わった。12年6月にソフトバンクから巨人に加入したが、同7月に左肘じん帯を損傷。当時は右打ちだったが、患部への負担が少ない左打ちに挑戦を決めた。22年には守備で味方と交錯し、左膝前十字じん帯を損傷。再建手術を受けて育成契約となったが、昨年5月に支配下に戻ってきた。「1軍、2軍、そしてけがをしてリハビリ。内野も外野もやり、右でも左でも打った」。そう語る野球人生は、指導者として大きな財産になるはずだ。
阿部監督からは「全部経験してきているから、育成の厳しさもわかるだろう。厳しくやってくれ。それができると思ったからお前を指名している」と伝えられた。指導者としての理想像を聞くと、立岡コーチは言った。「選手を育てるというのはおこがましいなと思って。勝手に育つと思うし、コーチが育てるという感覚を持たないように」。“タピさん”が歩む第2の野球人生を、同学年の一人として今後も追いかけたい。(巨人担当・小島 和之)
◆小島 和之(こじま・かずゆき) 13年入社。巨人ファーム担当キャップ。市船橋時代はブルペン捕手で07年夏の甲子園に出場。出番はなかった。

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