【球団設立55周年企画】レジェンドOBファーストピッチに荒木大輔さんと荒井幸雄さんが登場!

[音楽] よろしくお願いしますはいお願いします レジェンドOBファストピーチということ でま営業部の方から話があったと思うん ですけどもその時のちょっと率直なえ 気持ちというかいうのを聞かして いただければちょっと球団に言われた時に 俺でいいのって言いました本当に もう年代別って言ってたからそう言われる と80年代ってまね90年代ぐらいから こうなっったでその80年代だったからま そんなにねあの苦労してる時だったんで それで他にいなかったのかななんていうの で話しててでましたにねま年齢一だったね 荒木大輔君だったからこれは嬉しいなとで も気持ちよく引き抜けましありがとう ございますじゃさんあもう何も問題なく 喜んではいもう本当にヤと球団のために なるならま何でもやりますよはい ありがとうございますありがとうござい ますでもあのお2人はあの同級生という ことではいなんかあの現金当時にこう 思い出とかあったりしますか何かま思い出 というか食事はやっぱりよく言ったよね うんゲーム後もそうだしセ飲みに行くのも そうだしま結構一緒に出る機会が多かった かなだからそん時なんかこうこんなことが あったあんなことがあったみたいな思い出 があればなんか大か投げる時はい打ったの かなってあんまりねなんか打ってないのか ないつもなんか記憶をたどるとしっかり 打てよって言われた よ打てよなんてよく言われたようなはい はいなんか記憶があるよああまそうなん ですねそういったじゃちょっとこれからお 2人にえ聞てきますけどあさんの新人を 獲得されてますけどもなんか現役の当時の この思い出に残ってる場面だったりシーン であったりそういったものがちょっとあれ ばお聞かせいただければと思いますけどま それはヤル時代のね入って2年目かな関根 さんが監督なられてその時のキャンプが 伊藤キャンプっていうとこですねそれで 地獄の本当のキャンプで本当にあれはもう 今でもねみんなで話しますよねどもどう いったあれだったんですかもう地獄ってね よく聞きますけどもそうだよ朝からままだ よね朝まずは起きたらはいあれ何度ぐらい だろ45°か50°ぐらいの温泉があるの はいそこにまず入んなきゃいけない熱くて ね寝起きもう起きたらそこに入んなきゃ いけないこれで疲れを取れてことでで確か に暑くて出てくるともう汗ダダになってる からうん暑さの方で疲れは吹っ飛ん じゃうガスターねキャンプのねそこから そこからねもう朝早出から始まっ はいはいま下がグランドありになってはい もう下降りて行くと夕方まで帰ってこれ ないんだけどもうそれが本当に大変でもう これ減ったら夕方もう本当あの上がるのが 大変なぐらいそれが思い出たとその当時は 全員2人目だったよねそうで僕は広沢さん っていう人と一緒で広沢さんといつももう 眠いんだけど寝たらもうすぐ朝になっ ちゃうからめだ寝ちゃだめだつってもう 少し起きてよつってもうまた朝だぞって また始まるぞっていうのが思い出ですよね 朝が来てほしくなかったみたいもう来し なった本当にそれらきつかったですね ありがとうございますじゃあじさんが言っ てた伊東キャンプもすごくきつかったけど いい思い出になったしあれがあったからっ ていのがちょっとあって後にその当時そこ キャンプに参加したメンバーが中心になっ て後に入ってくる古田とか伊藤友とかそう いうのがこう一緒になって戦って野村さん のとこにお世話になってあの黄金時代が来 たんでねだからやっぱりあああいう時代 っていうのはやっぱりある意味大事な期間 なんだなっていうのは感じてるけどさっき 新王の話が出たけどあの中さんのえ新王が かかってる時の終盤うん中日の二村さんと 新庄争しててはい大倉ピッチャーサイル やっぱうしちゃいけないまそうですね ミーティングでもそういう話が出てでこれ は中の方からもやっぱり抑えてく抑えて なっているしでもう本当に緊張した中日戦 っていうのがものすごこう緊張のあだ タイトル争い新王だけどもやっぱり タイトル争いしてる人のぱ足は引っ張り ないああのそういう中で投げた記憶って いうのもすごくこう残ってるし自分の中で もすごくこう成長させてくれたバにだと 思うしうんまそういう意味ではまあいい 経験をいい同級生をえになれたかなという 風に思いますけどねありがとうございます であさんの初勝利された時で前回はオバナ さんにこう来ていただいてま同じように こうファーストピッチしていただいたん ですけどもアさんの初勝利の時に小花さん が6回リリーフを投げていたで投げたとで 2日後3日後に先発があるにも関わらず ブルペン行ってくれって言われて6回から 投げたっていう話をこう聞いたんですよね そう本当申し訳な ローテーションのだもう中心な人だからね レースカの人だからその人が一時ルーキな 高卒のルーキーのえ要はゲームの6回から 最後までしっかりこ投げ切ってねセブを 上げてくださったわけだからそはもう大 感謝でなんか申し訳ない気持ちとなんか 嬉しいのといやもうそういうのがすごく おいまなかあまそうですよね3日後だった 先発って言ってましたそんなことしてもら てのに次の登板いつだったかも忘れちゃう もう自分のなんか嬉しさね初勝力そんなに すぐ勝てると思わなかったんでそれぐらい こう感謝してますあそうなんですねでま あのそっからあさんあの1541日ぶりに 1992年登板されて4年半かなぐらい ですよね多分それぐらいで登板されてると 思うんですけどまその長かったリハビリと いうかま当時ちょっと振り返っていただき ながらちょっとそういったのって思い出て あったりしますかまああのアメリカに渡っ てジョブ先生にね手術を計3回してもらっ たんだけどうんやっぱりその頃ってまだ リハビリタトって全然いなかった時代で 理学両方師もいないしで怪我人専属の トレーナーっていうのも当然いないので 自分で1人でメニュー見ながらえ トレーニングを積んである意味だからね あれがあったから今のシステムになってる わけだからあそういう意味でから良かった のかなちょっと役に立ったのかな思って ますけどああそうですかねでまあの荒木 さんと言えばね荒木トンネルえあります けどもあさんやっぱりあれですか荒木さん それだけやっぱりそこトンネル身通ら なきゃいけないぐらいすごかったですか すごい人気だったですもうそれはそれいや 僕はやっぱりちょっとま多分その当時 ちっちゃかったのでそれを生で見たことは ないチもうあれですけどもとからそあった しそれでそのままねヤクルトにね入った時 ももうすごい危なかったクラブハウスなん はね多分 2年目にできたんだっけだから1年目に もういきなりできた違うもうあったあった あちょっと通らなかっただからもうどっち にしてあそこはすごいとこなだよはいあの 人通りがだから危なかったんだもねはい はいやんないとだからもう計画経って ちゃんとこうやった時にニ中が決まったて だいぶ助け本当にねすごいリな新幹線る時 てあのでま昔は候補もいない時代だった今 いるでしょもう誰か取材って言ったらそこ ついてって何かするっていうのが当たり前 じゃないはい昔はそれさ何時にどこって 言ってはいどこどこさんの取材行って ください行ってくださいって行けだ行けっ て言われてそ聞いて取材受けてていうよう な感じそういう時代があってだから今から ねあそうですねうんだ今守られてる人 危ないもんね昔はね先ほど荒木さんの荒木 トンネルをこう通ってうんいただきました けどもはい久しぶりだやねここあ本当です かうん結構久久しぶり結構これじゃない だって高知時代もコチ時代あんまり使わ なくなったかなはいああやっぱそうなん ですね結構切っちゃったりするんで選手は ねやっぱり危ないんではいまそうですよね こう使わなきゃだめなんででま現役の時ま ね僕らもずっと荒木トンネル荒木トンネ ルってこう呼んでましたけど荒木さんこれ 本当はあれなんですよね荒木さんが元気時 より前にできてたんですよね本当のこと 言っていいのはい入団した時にはあった 記憶があるあ本当ですかわった記憶がある だけどまでちょうど入団した年のにここは オープンしてるからそういう風に言って くれ てんでままあいいかなみたいな別に名前 ついてる別に悪いことないしでもあれです よね当時のすごい人だったんですよね やっぱり結構そんなことないよですか みんながやっぱりここほらスワローズ ファンが来る場所だからはいどうしても こうごった返したりとかサインを書か なきゃいけない状態になってしまったりと かするからやっぱりこういうのが必要はい だけどねでましでも先発切っちゃなんかは でもここで1回こう気持ちをこう何沈めて それでグランドに出ていくと結構 アドレナリンがう一気にああそういうとこ なんだうんだそういう意味ではすごくいい 場所よあやぱそうですねでこうやって グラバーズにていう感じでしたよねやっぱ ねなアギトンネルなんか当時と違うとか ありますかいや全然変わってない変わって ないうん当時のまま当時のままあの ちょっと涼しい感じもそうあのちょっと コンクリートの匂いがねああいうのはも 最高だよねですありがとうございますで あとはそうだね車がみんな良くなったね 本当に当時かた高級高級車ばかどうでした か久々に通っていただきましたあさっき 歩いていたいたんですよ変わってない 変わってないうんあのちょっと コンクリートの匂いがしてあ匂いだねうん だけどまさっきも言ったけどあれが当番前 に下の暗いところから上がっていくと ブランドのこう明るいとこにバンって出て くるわけあれでも一気にゲームに入れ るっていうのはそういう良さはあったかな という風には思うんでスイッチが入る瞬間 うん急になんかこうアップもしないでも 投げられそうななんかそんな感覚になる 場所ですありがとうございますでは ちょっとあの今からファースピッチ行って いただきますけども意気込み俺は当てない 風にしないといけないじゃんだそれが ちょっとね緊張してるのマウンド行くこと の緊張はないんだけど当てちゃじゃかな あと届くかどうかもわかんないしま頑張り ますはいはい僕はねあのまた座席にね景色 が見るになってねも嬉しくて嬉しくて ドキドキしてますね楽しみにしてます ありがとうございますそれではよろしくお 願いしますはいよろしくお願いし ます 周年なんて そ久しか 年です か免許さしてもらっ てもう行くのれるんですかドキドキです よそれではに移り ます久しぶり です願ます ヤ球団設立55周年 記念フスセレモニーをますはいはい 本日は荒木大輔様新井さんにごいただき ます ぞにご注ください [拍手] [音楽] お [音楽] でお願いいたしますさは191年にアの スタスに196年から2年で快投をきめ 1987年にはシーズン10勝を達成され ました その方はムでトに1993人の優に交され ましたさは1925年にレトス入団ニから チームの心選手として活躍しリ新よにき ました近は野を始め複数の球でをされまし た それではファーストチお願いし [拍手] ますイ ありがとうございまし たまで待ちましょうまで [拍手] 行こうありがとござましたあごましたあり ごましたどうでしか緊張したというかいね あの打席はあのバッターボックスから見る ねあのバクスクリーンみたいしていい景色 だったね懐かしいというかねすごく 楽しかったですありがとうございます予想 通り予想通りにこういやねなんかそんな 感じがしてたうんまでもマウンドの景色は ま今言ってたように神宮のやっぱり景色 っっていうのがすごくいいなっていうのを 改めて感じましたねファンの方の声援の なんか感じというか声の届き方っていうの はもう変わってないですよねまあのこれ からま55周年っっていうことでこれから も続いていくと思うんですけどもはい ちょっとエールであったり何か一言いだい ておわりにできればなと思うんですけども さんまそうですねまあのもう応になりまし たけどとにかく僕はもうヤクルトで育てて もらってこしてあるのでとにかくずっと やると応援してますありがとうございまし たありがとうございますはいあのやっぱり スワローズのこのユニオムっていうのは 一生もなんでスワローズがもっともっと 勝ち抜いていくそんなチームになることを 誰よりも応援していきたいと思います本日 はどうも本当にありがとうございました ありがとうざありがとうございまし たえじゃあ [音楽] えっとあ [音楽]

ヤクルト球団の伝統を築いたレジェンドOBによるファーストピッチを行います!
6月4日(火)のファーストピッチは荒木大輔さんと荒井幸雄さんが登場!

◆ヤクルト球団設立55周年特設ページ
https://www.yakult-swallows.co.jp/pages/info/event/55th

◆東京ヤクルトスワローズ公式サイト
https://www.yakult-swallows.co.jp/

◆公式グッズオンラインショップ
https://shop.yakult-swallows.co.jp/

◆球団公式チケット販売サイト「スワチケ」
https://ticket.yakult-swallows.co.jp/

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