村松伸哉投手は、光星学院高では桑鶴雄太投手に次ぐ2番手も高3春の大会では決勝戦先発を任され、初回は3四球と荒れるも3回には3者連続三振を奪うなどポテンシャルの高さはあるが不安定な投球で大事なところはエース桑鶴となっていた。
夏の大会後も練習し続けボールにかつてない指のかかりを覚え球速もアップ!国学院大進学後すぐに153キロをマークし1年生ながら開幕投手そして斎藤佑樹と共にこれまた1年生ながら日米大学野球の代表に。
敵地アメリカでは抑えで登板。3試合4.2回を投げノーヒット、無失点、6奪三振、2SをあげMVPに。メジャースカウトも高く評価しハンカチ世代では当時メジャーに最も近い男と言われた。入学からわずか3か月での出来事だった。
しかしその反動からか?歯車も狂い故障もあってフォームを崩し活躍できなくなり4年秋はチームは全国大会出場もベンチ外で応援席で応援となってしまった。
社会人新日鉄住金かずさマジック入社後は、フォームをスリークォーターに変え制球重視の技巧派に転身も全国大会はわずか1イニング5年で引退。
清和大コーチを経て現在は帝京平成大監督代行。3部優勝し入れ替え戦初戦に国士舘大に勝利しあの村松がとニュースにもなった。

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